暮らすのブログ

小売店勤務アラサー。リアルです。よくお酒を飲みます

感情は原価率0%の商材

 

「なァんとなんとォ!ステキなステキなこちらの姫よりィ!高!級!シャンパン!いただきましたァー!!」

「「「アリアッスーー!!!」」」

 

その直後、店内の照明と音響が切り替わり、ド派手な演出とともに数人のホストが卓を取り囲んでのシャンパンコールが始まった。

 

お祝いムードのど真ん中。ゲリラ豪雨のような喧騒を浴びるその卓に居たのは、なんとぼくだった。

初めての指名客、初めてのシャンパンオーダーである。

 

「やったじゃん!どう?ホストの醍醐味がちょっとわかったでしょ!」とぼくに声をかけ、「姫(ホストクラブ内でのお客様の呼称)!今日は〇〇(ぼくのこと。源氏名で呼ばれている)の初めてを貰ってくれてありがとう!これからもよろしく頼むね!」とぼくの隣に座っているお客様にも声をかけたのはナンバーワンの不動さんだ。

その言葉にお客様はニコニコしながら「仕方ないなあ。でもそれは〇〇(ぼくのこと以下略)次第だな〜」と、まんざらでもない表情だ。

 

一方のぼくはというと、(このシャンパンって7万円だよね?お会計時にはサービス料が35%上乗るからお支払いは10万円近いことになりますけど大丈夫?何故こんなことに…。)と一人戦慄していた。

売店で定価7,000円程度のシャンパンがこのお店では十倍の価格で販売されていて、オーダーするお客様もそれは理解している。にわかには信じがたかった光景が目の前で起きたのだ。何故?何に価値を感じたの?ぼくの頭はソレでいっぱいになっていた。

 

入店から1ヶ月が経った頃、相変わらずぼくはお馴染みの先輩ホストとバディを組んでキャッチに勤しんでいた。

「〇〇さん(先輩ホスト)のお客さんってどういう人が多いんですか?というかどうやってお店に来てもらってるんですか?」とぼく。「いろんなタイプいるけど、あんまりお酒は飲まない子が多いよ。ほとんどキャッチでつかまえた子だから本担(本命の担当ホストの事。1店舗につき1担当制度がホストクラブのルールらしい。なのでこの場合、先輩のお客様には他店に優先して指名するホストがいるという意味。)いるしこっちにはそんなに来てもらえないね」

なるほど確かにこの1ヶ月、この人指名での来店を見たことがないはずだ。

お客様をいかに抱えていようとも、ご来店頂いて売上を立てていない限り、ぼくと先輩は同じ評価(給料)に落ち着く。結果が全てだ。

とはいえぼくは何も売上を立てたい訳ではなく、不動さんの接客を見て勉強したかっただけなのだ。ところが売上ゼロの新人がナンバーワンのヘルプに着かせてもらえる機会は思いのほか少ない。お客様からの同席NGが入るのだ。『喋れない、飲めない、気が利かない』ホストには接客の仕事すら与えられないというワケ。

その指標になるのが売上とその順位、それからお店からいただく役職だ。実際、お客様をお店に呼べず売上を立てられないということはそれだけ魅力に乏しいとされ、『それ』は実際の接客に入ると露呈した。

 

お酒は好きだけど強くない。ちなみにぼくが所属していたお店のお酒は8割が『焼酎』と総称される純アルコールみたいな甲類焼酎と缶チューハイのことを指し、だいたいこれを無限に飲むことになる。これがもう辛いのなんの。

飲みコール、カラオケコール、ゲームで一気飲み。これを繰返す。まともな意識ではいられない。せっかくたまに不動さんの卓にヘルプでつかせてもらっても、泥酔するまで飲むはめになるので勉強どころでは無かった。

一ヶ月勤めてだいたいペース配分や仕事の流れは掴めてきたものの、当初の目的にはカスりもしない日々を過ごしていた。

 

いつものように先輩と一緒になってキャッチに出かけた。この頃になると断られることが前提なのであまり心を痛めなくなってきていた。とにかく声掛けの回数を増やして確率を上げるのだ。

 

ブラブラ歩いていると、コンビニの前でスマホ片手に手持ち無沙汰な二人組を見付けた。とりあえず声掛けだ。

「こんばんは!ひょっとして飲むところ探してないですか?すぐのお店なので飲みきてください!」ずいぶん慣れたものである。

 

「え?なにお兄さん居酒屋?w」とお姉さん。「や!ホストクラブです!すぐそこのビルですから飲みに来てくださいよーめちゃくちゃ飲みますよこの人が!」と、先輩にパスを送る。

するとなんて言ってたかな。たしか「俺は歩くザルだからな!」とかそんなこと言ってやっぱり滑ってたと思う。

 

二人組は興味を持ってくれたようだったけど、その日はもう他店で遊ぶ予定があるから行けないとのことだった。

きちんと断ってもらえるだけありがたいことなのに、なんと連絡先を教えてもらえることになった。

ホスト業の為に新しく用意していた専用スマホ。お客様(候補)第一号の連絡先を登録した。

 

そのお客様は見た目よりずっと年齢を重ねており、なんと39歳でホスト遊びの歴は20年近いらしかった。ゴリゴリのベテランである。20代は自らも水商売をしていたらしく、ホストらしくないぼくに興味を示してくれたようだ。ビギナーズラックとはこのことか。

 

さて。初めて女の子の連絡先をゲットした。ここからなんとかお店に呼んで売上を立てなければと思うものの、いわゆるホストの営業に疎かったぼく。何も知らず、お客様にいきなり店外(店外営業のこと。お店の外で飲んだり遊んだりして距離を詰めてお店に呼ぶための営業方法。)をかけていた。

これにはベテランの姫にしてみれば、「未経験で入店1ヶ月の新人が来店もまだのお客に対していきなり店外営業をかけてくるなんてw」と面白がってくれた。この時はぼくが何をしてもプラスに受け取ってもらえてたから、今思うとこのお客様にハマってたんだと思う。

そんなこんなでその後も店外を何回かしたあたりで、お客様のほうから気を遣って「あんた何がしたいのw さすがにそろそろ店に行くわw」と言ってくれた。さすがにね。というか何がしたいのかはぼくにもわかってないんですよ。お金使ってほしい訳じゃなかったからお店に呼ぶって発想が無かった。とんでもないやつだ。オーナーにぶん殴られなくてよかった。

 

そして初来店。初指名。初シャンパンオーダーである。

何を思ったかぼくは心の内をぶっちゃけた。

「これ(シャンパン)にこの金額ってすごいと思う。どうしておろしてくれたの?」今思うとめちゃくちゃ野暮なホストである。すると「いやー楽しかったからw てか別にこのシャンパンだからおろした訳じゃないよ。なんならコーラ1本持ってきてハイ10万ねって言われたって全然いいんよ。楽しい時間とか気持ちにお金払ってんだから」なんですと。

 

うーんなるほど?キレイにうまくまとめると、ホストクラブはそういう遊び方をわかってる客層に向けて、ホストが時間を使って丁寧に育てたお客様の感情をお金に変えてもらう場として仕上がってるってことなのか?原価率0%の最強の商材。取扱いの難易度はとびきり高いよな。

意味や理屈を求めてお金を使う現代においてちょっとした特権階級みたいなお金の使い方だなって思った。そんなキレイなこと無いか。ま、そういうパターンもあるんだろうなくらいに思うことにした。

 

そんな訳でぼくの本業の参考には全くならなかったけど、収穫が無いわけではなかった。

度胸みたいなのはめちゃくちゃついた。あとはコミュニケーションが潤滑になる間とか目線、表情の取り方の『ニュアンス』ってヤツも。

 

それから程なくしてお店をあがったぼく。結局ホストにはなれなかったな。それ以降ぼくに指名客が出来なかったのも、やっぱりホストクラブが狙っているお客様の客層にぼくがハマらないからだとおもう。だってホストしないから。

 

一年も経たないくらいの短い間のことだった。社会勉強ってワケ。

 

続かない。かも