暮らすのブログ

小売店勤務アラサー。リアルです。よくお酒を飲みます

ナンバーワンの正体

 

「おーいどうした?病院の待合室かと思ったじゃんw」

(助かった……)と思った。

 

その人はコチラに向かってそんな言葉をかけながら飄々として現れた。このお店で代表という役職を務めるぶっちぎりのナンバーワンホストだ。

彼が卓についた途端、これまでぼくの接客をガン無視してスマホをいじり続けていたその女性客は、文字通り目の色と声色を変えてめちゃくちゃ饒舌になった。びっくりした。魔法かと思った。

 

彼は常連の指名客からは『不動さん(不動のナンバーワンだから)』と呼ばれていた。

 

不動さんは魔法使いだ。お店のどのホストも相手にされないお客様が相手でも、彼が接客すればたちまち卓は盛り上がりお酒のオーダーが増える。

不動さんの接客は自身の指名客だけでなく、新規のお客様まで含めて卓についている人間まるっと魅了した。もちろんぼくも。

 

説明しようのないチカラを持った不動さんの接客。そのナンバーワンの正体に、ぼくはどうしても迫りたくなった。

 

ホストクラブの求人に応募すると即日返答がきた。数日後、面接にうかがいその場で即採用。とにかく人手が足りないようだった。

ぼくはホストではなくホールスタッフやキッチンスタッフなどいわゆる内勤と呼ばれる裏方を希望していたけれど、「今はプレーヤー(ホスト)が足りないから、もしかしたらたまには卓に着いてもらう(ホストとして接客をしてもらう)かも知れない」とオーナーから言い渡されていた。不安だった。

 

果たして不安は的中した。たまにどころの話ではなく、もはや内勤希望の話は現場に通っていなかったのだ。

そんなワケでめでたくホスト(バイトとはいえ)として入店を果たしたぼくだけど、求人に応募したことを入店初日で後悔することになる。

 

「指名客のいないホストの義務だから」という支配人(ホストクラブ内でお店に貢献しているプレーヤーに与えられる役職のひとつ。結構偉い)の言葉に従い、入店後のオリエンテーションもそこそこに、キャッチと呼ばれる屋外での声掛け(今では違法だけど当時はまだ許されていた行為)に駆り出された。

入店初日のぼくと同じく指名客のいない、あるいはその日に自身の指名客の来店予定の無い先輩ホストと街に出た。

「どうやって声をかけるんですか?」とぼく。「どうって……そのまんまだよ。早く声かけてきて。ほら向こうから歩いてくる二人組。行って」という、放任を通り越して放逐主義の先輩ホスト。

声かけは当然失敗した。

なんて声かけたかな。もう覚えてないけど、道端の石ころみたいに無視されたっけな。

それで何故か無性に先輩に対して腹が立って「〇〇さん!お手本お願いします!」と言って先輩をけしかけたらぼくと同じ結果だった。なんなら「はぁ?ウザ」と捨て台詞までかけられていたくらい。

すかさずぼくは小難しい顔をして「むずかしいんですね……」とか言いつつ、内心ニッコリしながら先輩のことをちょっと好きになった。

 

それから2時間くらい当たって砕け続けた。粉。もう気持ち的には粉状になるまで砕かれ続けたところで支配人から電話でお店に呼び戻された。

聞けば『お店の人気ホストが出勤したからその指名客の来店ラッシュが始まった。接客するにも人手が足りないから戻ってこい』というものだった。

 

お店に戻ると、出る前には閑散としていた店内がお客様で埋まり始めている。どの卓も楽しそうにお酒を飲んでいた。

ぼくがその様子を遠巻きに見ながら(この感じテレビで観たことあるなあ)とボケていると、キャッチ仲間の先輩ホストに呼ばれた。

ホストクラブでの初めての接客である。

もう緊張なんてもんじゃない。開店前のオリエンテーションで支配人から仕込まれたテーブルマナー(お客様のお酒を作ったりテーブルのクリンネスを整えるなど、いわば“ホストの領域“を展開する様々な作法)を実践するのにいっぱいいっぱいで、とてもじゃないけど接客どころの話ではなかった。隣を見ると先輩ホストは順調に滑っていたので少し緊張がほぐれた。

 

しばらくして新たな来店客。卓には通したけどホストが空いてない。

 

その時、支配人からのキラーパスが届く。

「あの卓、しばらくひとりでヘルプついてくれ」いやいやいや。

 

見た目おっとりしていて物静かな女性客。10分くらい場を繋げば指名のホストが来るという話だったのでとりあえず卓に向かった。

「失礼します!ご一緒してもよろしいでしょうか!」とにかくハキハキと。元気が取り柄なぼくだ。

「どうぞー」とお客様。早速お酒を作り始める。するとお客様から指名のホストはいつ来るのか聞かれたので、支配人の言葉通りに伝えた。

 

すると「あっそう」と言ったきり、お客様はスマホを取り出し何も喋らなくなった。

そこからはぼくが何を話しかけても無視。顔も上げずにスマホをいじっている。きっつー。こんなことならキャッチのほうが全然マシだと思った。

 

10分間が長い。無視されたからと言って、こちらはホストだ。お客様からのレスポンスが無いからと、黙って時間を過ごさせる訳にはいかない。あの手この手で話題を振り絞ってみたが反応はなかった。

入店を後悔し始めたころ、救いの手が差し伸べられる。

 

「おーいどうした?病院の待合室かと思ったじゃんw」

指名ホストの不動さんだ。

助かった。それ以外無かった。

 

それまでのお客様が嘘のように喋り始めた。

不動さんが卓についてからは天国のように楽しい時間になった。不動さんを仲介することでお客様にもようやくぼくの姿や声が認識できたようで、なんとなく接客ができた気になっていた。

 

再び支配人のキラーパスが届く。

「不動さん!他の卓も回って!」

きっつー。

 

不動さんが卓を離れて代わりにやってきたのは、キャッチ仲間の先輩ホストだった。

先輩風を吹かせようと気合いの入った表情の先輩ホスト。不動さんが抜けた後のお客様は再び地蔵になった。先輩ホストは恥ずかしくなるくらい滑っていた。

 

なにが違う?不動さんはどうしてこうも人を惹きつけるのか。ぜんぜんわからなかった。

 

初日を終えてヘトヘトだった。お酒をたくさん飲んだし声を張って接客もした。先輩ホストと一緒に滑ったりキャッチで無視されたりと心身ともに疲労困憊だった。

 

(こんなに大変か……。接客の勉強どころかまず体力持つのかこれ…)と、初日にして先行きが思いやられたぼくだったが、不動さんに対する関心は強くなる一方だった。

 

続くかも。